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千葉地方裁判所 平成6年(行ウ)4号 判決

原告

井桁譲治

井桁英治

原告ら訴訟代理人弁護士

三木昌樹

村上典子

湊弘美

被告

市川税務署長

太田佳孝

右指定代理人

浜秀樹

外五名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの求めた裁判

被告が被相続人近藤亥之助に係る原告両名の各相続税についてした平成四年三月三一日付相続税延納申請却下処分をいずれも取り消す。

第二  事案の概要

一  本件延納申請却下処分とその経緯(争いのない事実等)

1  本件延納申請の経緯

(一) 原告らの父近藤亥之助(以下「亥之助」という。)は、平成二年二月一三日に死亡したが、亥之助の法定相続人としては、妻近藤ユキ子及び同女との間の子近藤光雄のほか、内縁の妻井桁美智子との間の子である原告両名があった。

亥之助には多数の不動産その他の遺産があり、別紙物件目録記載一の土地建物(以下「銀座の物件」などという。)も亥之助の所有名義になっていたが、亥之助は、一部の遺産を井桁美智子に遺贈し、銀座の物件を含む他の遺産を近藤ユキ子、近藤光雄及び原告らに相続させる内容の公正証書遺言をしていた(以下「本件遺言」という。)。

しかし、平成二年六月八日、近藤ユキ子から本件遺言の遺言執行者に対し、銀座の物件について、近藤ユキ子の固有財産であって相続財産ではないことなどを理由として所有権確認等の訴えが提起された。

(二) 原告らは、平成二年八月七日、本件遺言によらないで、銀座の物件を含む遺産をすべて相続人が法定相続分に従って取得したものであるとして、銀座の物件も課税価格に加え、原告らの相続税額をそれぞれ六五三九万九九〇〇円とする相続税の申告をした。

なお、本件相続に係る相続税の納期限は同月一三日であった。

(三) 原告らは、納期限までに金銭で納付することが困難であったので、それぞれ被告に対し、平成二年八月一〇日、前記各申告税額の全額について、いったん銀座の土地の原告ら持分につき物納申請をしたが、被告から銀座の物件は共有財産の持分であって物納に適当でないとの指導を受け、同年一一月二〇日、これを取り下げて延納の申請をした(以下「本件延納申請」という。)。

その後、原告らは銀座の物件について本件相続による法定相続分どおりの所有権移転登記手続(原告らは持分を取得)をした(甲第一五、第一六号証)上で、被告に対し、平成三年一二月一三日、銀座の物件の持分を本件延納申請に係る担保として提供する旨記載した担保提供書及び抵当権設定登記承諾書等の必要書類をそれぞれ提出した。

(四) ところで、銀座の物件については、前記(一)のとおり近藤ユキ子から所有権確認等の訴えが提起されていたが、平成三年一二月五日、近藤ユキ子から銀座の物件の原告ら持分について処分禁止の仮処分がされ、その旨の登記がされた。

(五) 被告は原告らに対し、平成四年一月二八日、本件相続に係る原告らの納付税額をそれぞれ六三七八万三〇〇〇円とする旨の更正処分をし、原告ら各自に通知した(第一次更正処分)。これは、同族会社の株式の評価の誤りを訂正するものであり、銀座の物件については、申告どおり相続財産に含まれることを前提とするものであった。

2  本件延納申請却下処分

(一) 被告は、平成四年二月二八日、原告らに対し、銀座の物件に処分禁止の仮処分がされていることを理由に、銀座の物件は延納のための担保として適当でないとして、平成四年三月二八日までに前記第一次更正処分による相続税額を担保するに足りる他の物件を提供するよう、担保の変更の通知をした。

(二) 原告らが担保の変更をしないでいたところ、被告は、原告ら各自に対し、平成四年三月三一日、原告らが前記の担保変更要求に応じないことを理由として本件延納申請を却下する処分(以下「本件延納申請却下処分」という。)をした。

(三) また、被告は、本件延納申請却下処分後の平成四年六月三〇日、原告譲治に対し、本件相続に係る納付税額を一億三五〇九万五八〇〇円とする旨の更正を、原告英治に対し、右納付税額を一億〇二六二万七〇〇〇円とする旨の更正を、井桁美智子に対し、右納付税額を六九四三万〇三〇〇円とする旨の決定をし、原告ら及び井桁美智子にそれぞれ通知した(第二次更正処分)。

これは、本件遺言のとおり相続・遺贈がなされたとして税額を計算し直したものであるが、第二次更正処分に係る納付税額も銀座の物件が本件相続に係る相続財産に含まれることを前提として算定された金額である。

3  不服申立手続

(一) 原告らは、本件延納申請却下処分を不服とし、平成四年四月三〇日、被告に対しそれぞれ異議の申立てをしたところ、被告は同年七月三一日付けで右各異議申立てをいずれも棄却する旨の異議決定をした。

(二) さらに原告らは、本件延納申請却下処分及び前記各異議決定を不服とし、平成四年八月二五日、東京国税不服審判所長に対しそれぞれ審査請求をしたところ、同所長は、平成五年一一月一五日付けで右各審査請求をいずれも棄却する裁決をし、右各裁決書謄本が同月二〇日原告らにそれぞれ送達された。

4  本件延納申請却下処分の原告らに対する影響

(一) 銀座の物件については、前記のとおり近藤ユキ子と遺言執行者との間で訴訟が係属していたが、平成五年二月二二日、原告らも利害関係人として参加した上、銀座の物件は近藤ユキ子の固有財産であり相続財産ではないことを確認すること等を内容とする訴訟上の和解が成立した。

(二) 被告は、平成五年九月二九日、銀座の物件が本件相続に係る相続財産に含まれないことを前提として、原告譲治に対し、本件相続に係る納付税額を一九七九万三〇〇〇円、原告英治に対し、右納付税額を一七〇八万六五〇〇円とし、井桁美智子に対し、右納付税額を〇円とする旨の各減額更正をして、それぞれ同人らに通知した(第三次更正処分)。

(三) 原告らは、前記のとおり本件延納申請が却下されたことにより、右(二)の各減額更正後の相続税額について、法定納期限の翌日(平成二年八月一四日)から右相続税額を完納する日まで年14.6パーセント(ただし法定納期限の翌日から二月を経過する日までの期間については年7.3パーセント)の割合による延滞税の支払を余儀なくされ、原告譲治は五八六万八五〇〇円の延滞税を、原告英治は五一六万三二〇〇円の延滞税をそれぞれ納付した。

(四) ところで、仮に本件延納申請が許可されていれば、右各延滞税のうち延納期間に対応する部分の金額について納付義務は発生せず、原告らの場合には年6.6パーセントの割合による利子税の納付義務を負うのみである(原告らは、別紙原告らの「分納税額、分納期限及び分納税額の計算の明細」掲記の試算によれば、右各延滞税と利子税との差額は、原告譲治分が三五二万二〇〇〇円、原告英治分が二七五万六一〇〇円であると主張する。)。

右のとおり、原告らは、本件延納申請却下処分により、延滞税と利子税との差額分を負担した。

二  争点

本件の争点は、本件延納申請却下処分が適法かどうかの点である。

具体的には、次の二点が争点となる。

1  第一に、本件延納申請却下処分は、前記のとおり相続税法三九条二項ただし書を適用してなされたものであるが、その要件を満たしているかどうかが争点である。

2  原告は、1の争点について仮に適法であるとしても、本件延納申請却下処分は、租税法律関係における信義則に反し、違法であると主張するので、この点が第二の具体的争点である。

第三  争点に関する当事者の主張

一  相続税法三九条二項ただし書の要件について(争点1)

1  被告の主張

(一) 相続税法三九条二項ただし書によれば、税務署長は同条一項の規定による延納申請書の提出があった場合において、当該申請者の提供しようとする担保が適当でないと認めるときは、その変更を求めることができ、この場合に当該申請者がその変更の求めに応じなかったときは、当該延納申請を却下することができるとされている。

ところで、同法四〇条二項によれば、税務署長は、延納の許可を受けた者が延納税額(当該税額に係る利子税及び延滞税に相当する額を含む。)の滞納その他延納の条件に違反したとき、当該延納税額に係る担保物につき国税徴収法二条一二号に規定する強制換価手続が開始されたとき等の場合には、延納の許可を取り消すことができるとされ、延納許可が取り消されたときは、担保として提供されていた財産を滞納処分の例により処分してその税額等に充てることになる(国税通則法五二条一項)。

右規定からすれば、延納の担保として提供する財産は、その担保に係る相続税額を確実に徴収することができる金銭的価値を有するものでなければならず、延納許可が前記の理由等により取り消された場合に滞納処分の例により換価して国税に充当することが困難と考えられる事情を有する物は、延納の担保としては適当でない。

(二) 原告らが本件延納申請に係る担保として提供した銀座の物件はその所有権の帰属について争いがあり、平成三年一二月五日には処分禁止の仮処分の登記がされていたところ、相続税法四〇条二項に規定する事由が生じて延納許可が取り消された場合には、右物件は処分禁止の仮登記がされたまま滞納処分の例により処分されることとなるが(国税徴収法一四〇条参照)、これを換価して買受人に所有権移転登記手続をしても仮処分登記は抹消されないばかりか、仮処分債権者が右仮処分に係る本案訴訟に勝訴した場合には、右仮処分の登記に後れる登記を抹消することができるから(民事保全法五八条一項、二項)、買受人への所有権移転登記が抹消されてしまうという不安定な状態にあった。このような物件を滞納処分の例により換価しようとしても、買受人が現れる可能性は常識的に皆無であり、国税に充当することは極めて困難であったことからすると、銀座の物件を延納の担保とすることは、相続税の確実な徴収の確保という相続税法三九条二項ただし書の趣旨に反するものであった。

(三) もっとも、本件相続税につき銀座の物件を差し押さえて、前記仮処分に係る本案訴訟で原告らの勝訴が確定し仮処分が効力を失うときまで換価手続を事実上留保するという方法も考える余地がないではない。しかしながら、滞納処分は、強制的に早期に滞納税金を徴収することをもって終局的な目的としているため、財産の差押えをした場合には直ちに換価手続に入ることが原則であり、本案訴訟が終結する時期について予想がつかない状況において換価手続を留保することは実際上困難である。しかも換価手続を留保している間、本税に対する年14.6パーセントの割合による延滞税が発生し続けるため、最終的に担保物を換価した時点での換価代金が、右換価時点までに発生した延滞税と本税との合計額に満たなくなり、結果的に担保不足となるおそれがあることからすると、前記のように換価手続を留保する方法をとることは到底不可能であった。

(四) したがって、被告が銀座の物件に代えて他の担保に変更するよう求めたこと、及び原告らがこれに応じなかったことを理由として本件延納申請却下処分をしたことは、いずれも適法である。

2  原告らの主張

(一) 相続税法三九条二項ただし書が「税務署長が……当該申請者の提供しようとする担保が適当でないと認めるときは、その変更を求めることができる。」とした趣旨は、納税者が延納申請に当たって当初提供しようとした担保物件では当該納税者の納付すべき相続税額の徴収を確実に担保することができないおそれがある場合に、税務署長が納税者に対し、右税額の徴収を担保するのに見合った価値を有する担保に変更するよう要求し、もって相続税の確実な徴収確保を図ることにある。

したがって、同条項は単に「その変更を求めることができる。」としか規定していないが、それは税務署長に無制限な担保変更要求権を認めたものではなく、当該納税者が納付すべき相続税額を担保するのに見合った価値を有する担保に変更するように要求しうる権限を与えたものと解すべきである。

そして、当該納税者が納付すべき相続税額を担保するのに見合った価値を有する担保といえないことが明白な、著しく過分な担保を要求することは、延納申請許可に当たって税務署長に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、右担保の変更要求及びこれに応じないことを理由とする延納申請却下処分が違法性を帯びると解すべきである。

(二) 本件延納申請に係る被告の担保変更要求は、銀座の物件について前記仮処分がされていることを理由としてされたものであるが、(1) 銀座の物件についての前記本案訴訟の結果として右物件が相続財産に含まれるとされた場合には、当初から銀座の物件が担保として提供されていれば、原告らの相続税額の徴収の確保は十分図れることになる一方、(2) 銀座の物件が相続財産に含まれないとされた場合には、その分だけ課税価格及び相続税額が減少するから、銀座の物件を控除して計算した相続税額を担保しうるだけの価値のある物件が担保として提供されていれば、原告らの相続税額の徴収の確保が図れることになる。そして、本件相続財産に対して銀座の物件の価額の占める割合は異常に高額となっており、銀座の物件以外に右物件を相続財産に含めて算定した相続税額を担保しうる価値を有する物件は全くなかった。

そうであれば、銀座の物件について前記訴訟が提起され仮処分がされたことを理由として担保変更要求をするにしても、銀座の物件に加えて、銀座の物件が相続財産には含まれないものとして算定した相続税額(原告ら分合計三六八七万九五〇〇円)を担保する価値を有する担保を追加するよう要求すれば十分であったはずであり、銀座の物件に代えて同等の価値を有する他の担保を要求することは、その必要がないばかりか、原告らが納付すべき相続税額を担保するには著しく過分な担保を要求することになることが明白である。また、このような担保変更要求に原告らが応じられないことは明白であり、右変更要求に応じなかったことを理由として延納申請を却下するとすれば、延納制度の趣旨が没却され、原告らにいたずらに延滞税が課せられることとなり、適正な相続税の賦課徴収という観点からも極めて不当といわなければならない。

確かに、被告に前記本案訴訟の結果を予見して担保変更を要求するか否かを決定すべきであるとすることは不可能を強いることになろうが、仮処分がされた際に、右本案訴訟の内容を実質的に検討し、銀座の物件に加えて、右物件を本件相続財産から除いて算定した相続税額を担保しうる物件(例えば別紙物件目録記載二の市川の土地など)を担保として追加するように要求をすることは、被告にとって可能かつ容易なことであった。

(三) 被告は、納付すべき相続税額につき、原告らの申告納税により確定したものとし、形式的に右申告額を基準に延納申請の担保としての適格性を判断している。

確かに、申告納税制度のもとにおいては、申告により納税額が確定し、右申告額を基準に延納申請の場合における担保の適格性を判断することになるのが原則である。

しかし、そもそも、申告納税制度の趣旨は、課税の前提となる事実を熟知している納税義務者の協力を得て納税額を決定することにより適正公平な課税を確保しようとするところにある。

とするならば、納税者に進退きわまるような判断を強い、納税者が自主的に判断したことであるからとして、そこから生ずる一切の不利益を納税者に負わせるがごとき租税法規の解釈及び運用は、明らかに適正公平な課税を図ろうとする申告納税制度の趣旨に反するものといわざるを得ない。

すなわち、延納申請における担保の適格性の判断の基準を形式的に申告額を上回る価値があるか否かにより判断するとするならば、本件においては、原告としては、申告の段階で、将来、勝訴し係争物件である銀座の土地が相続財産であることが確定した場合に過少申告加算税等のペナルティが課せられるというリスクを冒して銀座の土地を含めず申告するか、それとも、申告額が多額でありその納税資金の確保が困難なため納税申請をせざるを得ないところ、その申請が認められずに延滞税の負担を余儀なくされることを承知の上で銀座の土地を含めて申告するかの決断を強いられることになる。

原告にこのような進退両難の決断を強いることを避けるためには、被告において、申告の段階又は延納申請のいずれかの段階において、申告納税制度の趣旨から関係法令を弾力的に解釈運用していくほかなく、申告の段階において銀座の土地を含めないで申告することを容認することが徴税実務上困難であるとするならば、延納申請の段階において、銀座の土地に関する訴訟において、原告が勝訴した場合と敗訴した場合とを考え、銀座の土地を担保として採用し、これに加え、敗訴し税額が減額された場合に必要な担保を要求することにより延納申請を認めるほかなく、それが、被告に特段の困難を強いるものではないことは前述のとおりである。

したがって、そのような配慮をすることなく、形式的に申告額を基準に延納申請の担保としての適格性を判断し、本件延納申請を却下した被告の処分は、違法といわざるを得ないのである。

したがって、被告は、右事情をも配慮して、銀座の物件の価額を課税価格から控除して算定した相続税額を担保するに足りる物件を、右物件に追加して担保として提供するよう要求すべきだったのであり、これをせずに、形式的に申告額を基準とし、銀座の物件に代えて、右物件価額を課税価格に加えて算定した相続税額を担保するに足りる担保を提供するよう担保の変更要求をしたこと、及び原告らが右変更要求に応じなかったことを理由として本件延納申請却下処分をしたことは、延納申請の許可に際しての前記裁量権の行使において著しく不合理な処分等をしたものとして右裁量権の範囲を逸脱するものであり、相続税法三九条二項ただし書に違反する。

(四) また、被告は、原告らが延納税額を滞納して延納許可が取り消され、一時に本税と延滞税額との合計額を納付しなければならない場合において、銀座の物件についての本案訴訟で原告らの勝訴が確定するまで換価手続を事実上留保するという方法をとることは、早期の換価手続、滞納税金の徴収にとって適当でなく、結果的に担保不足となるおそれもある旨の主張をする。

仮に本件において銀座の物件以外に銀座の物件を相続財産とする前提で算定した相続税額を担保するに適した物件があったとして、やむを得ず被告の担保変更要求に従い銀座の物件に代えて右物件を提供した場合において、延納税額の滞納を理由に前記本案訴訟の帰趨を見極めないまま、早期に右担保物件を換価して原告らの勝訴を前提にした多額の相続税額を徴収した後に、右訴訟で原告らの敗訴が確定し、そもそも右のような多額の納税義務がなかったとされる場合には、被告の換価処分により原告が被る損害は回復不可能であり、財産権の重大な侵害となる。

本件で結果的に国税の徴収に不足を来すのは、銀座の物件について訴訟が長期化した後に原告らが勝訴し、かつ原告らが延納税額を滞納し、しかも滞納分が物件の価値の下落、延滞税の増加等の理由により担保不足となるおそれがあるという極めて特殊な事情の存する場合に限られるところ、本件で右のような担保不足のおそれ等の事情の有無について被告が具体的に検討した形跡がない以上、被告の主張は、何らの具体的検討もなされない形式論にすぎない。

二  租税法律関係における信義則違反について(争点2)

1  原告らの主張

(一) 租税法律関係については、① 税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、② 納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、③ のちに右表示に反する処分が行われ、④ そのために納税者が経済的不利益を受けることになり、⑤ 納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないときには、法の一般原理である信義則が適用され、租税法規に適合する課税処分等であっても違法なものとして取り消されるべきことになる。

(二) そこで以下、右要件に沿って本件延納申請却下処分について検討する。

(1) 公的見解の表示

被告は、原告らに対し、当初から、銀座の物件を相続財産に含めて算定した相続税額を課税するという立場を一貫してとっていたが、遅くとも、原告らに対する平成四年一月二八日付(第一次)及び同年六月三〇日付(第二次)各更正処分並びに井桁美智子に対する同年六月三〇日付決定により、その旨の公的な見解を表示したものである。

(2) 納税者の信頼及び行動

原告らは、当初から銀座の物件を相続財産に含めて算定した相続税額を納付すべき義務を負っていると考えてその旨申告し、前記第二の一の1(三)のとおり、右納税資金調達のために本件延納申請等をしてきた。

その後、近藤ユキ子から前記第二の一の1(四)のとおり銀座の物件について処分禁止の仮処分命令が申し立てられ右仮処分の登記がされたが、原告らは、その前後の本件延納申請に係る一連の交渉の過程で、被告が銀座の物件に係る近藤ユキ子の訴訟提起及び仮処分の登記の後も一貫して銀座の物件を相続財産に含めて算定した相続税額を課税するとの見解に立っていると認識し、前記(1)の各更正処分の通知を受けることにより、その認識は確信に達した。

そのため、原告らは、右相続税額を納付するためには銀座の物件を担保として提供し延納許可を受けた後、右物件を処分し又はこれを担保に借入れをして納税資金を調達する以外に方法がないと考え、延納の許可を受けるための活動をしてきた。

(3) 公的見解に反する課税処分

ところが、被告は平成四年二月二八日、原告らに対し、銀座の物件について仮処分がされたことを理由に担保として不適当であるとして担保の変更要求をし、同年三月三一日、原告らが担保の変更をしないことを理由として、本件延納申請却下処分をした。

右仮処分の前提となる訴訟は、前記のとおり銀座の物件が相続財産に含まれるか否か等を争点とするものであって、右本案訴訟において右物件が相続財産に含まれることが明らかになれば、結果的に右物件によって原告らの相続税額の徴収の確保が図れることになる一方、右訴訟において右物件が相続財産に含まれないことが明らかになれば、結果的に右物件を含めた税額をもって課税処分をすること自体が誤りであったことになる。

したがって、銀座の物件についての仮処分及びその本案訴訟の内容を実質的に検討するならば、右物件が相続財産に含まれることを前提とした前記(1)の各更正処分と、本件延納申請についての前記担保変更要求及び本件延納申請却下処分とは、明らかに矛盾するといわなければならない。

(4) 原告らの不利益

前記のとおり原告らは、被告の本件延納申請却下処分によって、平成二年八月一四日からの延滞税の負担を余儀なくされ、延滞税と利子税の差額(原告譲治分三五二万二〇〇〇円、原告英治分二七五万六一〇〇円)として過分の負担を負わされている。

(5) 原告らの帰責事由

以下の事情からして、原告らが被告の前記(1)の表示を信頼しその信頼に基づき行動したことについて原告らの責めに帰すべき事由はない。

ア 原告らは、本件相続に係る遺言公正証書が作成されていたことから、右遺言書に記載されていた銀座の物件を含む財産すべてを相続財産として申告したものである。

イ 銀座の物件について前記本案訴訟が提起されたのは、原告らの本件相続に係る相続税の申告(平成二年八月七日付)の直前(同年六月八日)である。

ウ 原告らは右相続税申告の際、係争物件であることから銀座の物件を相続財産に含めないで申告することも検討したが、次の理由により、銀座の物件を相続財産に含めて算定した相続税額を申告した。

① 前記本案訴訟においては、遺言公正証書が存在すること等から遺言執行者が勝訴する可能性が高いと考えていたこと。

② 前記訴訟において銀座の物件が相続財産である旨主張しながら相続税申告において相続財産ではないとすることは自己矛盾であること。

③ 仮に銀座の物件を相続財産に含めずに算定した相続税額を申告した後、前記訴訟において遺言執行者が勝訴し右物件が相続財産であることが判明した場合、原告らの試算によれば合計約五八四四万円の高額の延滞税及び過少申告加算税を原告らが課されるおそれがあったこと。

④ 銀座の物件に対する仮処分(平成三年一二月五日付け)の後に、被告から銀座の物件を相続財産に含めて算定した相続税額をもって課税することを前提とした前記(1)の各更正処分(平成四年一月二八日付、同年六月三〇日付)がされている。

⑤ 原告ら及び被告は、当初の申告から前記訴訟上の和解成立の日に至るまで一貫して、原告らが銀座の物件を相続財産に含めて算定した相続税額を納付しなければならないとの前提で行動している。

⑥ 原告らは会社員であり、銀座の物件を相続財産に含めて算定した相続税額を納付するためには、銀座の物件を担保として延納許可を受け、右延納期間内に銀座の物件を処分するか又は右物件を担保に借入れをして納税資金を調達する以外に方法がなかった。

⑦ 前記第二の一の1(四)のとおり、銀座の物件について仮処分がされたのは、法定申告期限から一年を超える期間が経過した後であって、その時点で国税通則法二三条一項一号に基づく減額更正の請求をすることができなかった。

(三) 以上からすれば、本件延納申請却下処分が原告らが被告の前記担保変更要求に応じなかったためにされたもので、形式的には相続税法三九条二項ただし書の規定に適合するにしても、本件では原告らは被告及び税務官庁の指導を信頼し原告らになしうる限りの活動をしてきたのであり、この原告らの信頼を保護する必要性は極めて高く、右処分を適法として原告らに前記のとおり過大な延滞税を負担させることを是認するならば、原告ら納税者に不可能を強いる一方で税務当局を不当に保護することとなり、著しく正義に反するものといわなければならない。

したがって、本件延納申請却下処分は信義則に反し違法である。

2  被告の主張

(一) 租税法律関係における信義則の法理の適用については、合法性の原則を犠牲にしても、納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別な事情が存する場合に、右法理の適用を考える余地があり、右特別の事情が存するかどうかの判断に当たって原告らの主張(一)の①ないし⑤の各点の考慮が不可欠である。

(二) この点、原告らが主張するように、被告が当初から銀座の物件を相続財産に含めて算定した相続税額を課税するという立場を一貫してとっていたことが公的見解の表示であるとしても、被告の担保変更要求及び本件延納申請却下処分は、銀座の物件に処分禁止の仮処分の登記がされたために右物件が担保としては不適当であるとの判断によりされたものであって、本件延納申請却下処分の時点においても、右物件が相続財産に含まれ、原告らに右物件を含めて算定した相続税額を納付すべき義務があったことには何ら変わるところはなかった。

したがって、本件延納申請却下処分が、被告の原告らに対する公的見解の表示に反する処分であるということはできず、原告らの信頼を保護すべき特別な事情が存在しない以上、右処分について信義則の法理の適用を考える余地はない。

第四  争点に対する判断

一  争点1(相続税法三九条二項ただし書の要件)について

1  相続税法三九条二項ただし書の法意

(一) 租税は、金銭をもって一時に納付することを原則とするものであるが、相続税は、他の租税と比べて、一時的な納税額が非常に多額になるケースが多いという特質があり、この特質にかんがみ、延納の制度が設けられている。すなわち、相続税法三八条は、納税義務者について納期限までに金銭で相続税を納付することを困難とする事由がある場合には、納税義務者の申請により延納を許可することができるとしている。ところで、相続税法三九条一項は、延納の許可を申請しようとする者は、法令の定める事項を記載した延納申請書に担保の提供に関する書類を添付して、税務署長に提出しなければならないとし、相続税法三九条二項ただし書によると、税務署長は右の場合に、当該申請者の提供しようとする担保が適当でないと認めるときは、その変更を求めることができ、この場合に当該申請者がその変更の求めに応じなかったときは、当該延納申請を却下することができるものとされている。

(二) 一般に担保は、債権の弁済を確保する手段となるものを指すのであり、国税の担保も、担保に係る国税が期限までに完納されないときには、滞納処分の例によって担保物を換価してその国税の徴収を図るものである(国税通則法五二条一項)。

相続税についても、税務署長は、延納の許可を受けた者が延納税額(当該税額に係る利子税及び延滞税に相当する額を含む。)の滞納その他延納の条件に違反したとき、当該延納税額に係る担保物につき国税徴収法二条一二号に規定する強制換価手続が開始されたとき等の場合には、延納の許可を取り消すことができるとされており(相続税法四〇条二項)、延納許可が取り消されたときは、前記のとおり担保として提供されていた財産を滞納処分の例により処分してその税額等に充てることになる(国税通則法五二条一項)。これらの規定からすれば、当該申請者が提供した財産が延納の担保として適当か否かは、その担保に係る相続税額を確実に徴収することができる金銭的価値を有するか否か、及び延納許可が前記の理由等により取り消された場合に滞納処分の例により換価して国税に充当することが困難と考えられる事情がないかどうか等を基準として判断すべきものと解するのが相当である。

ところで、税務署長が延納申請者の提供した担保が適当か否かを判断して、担保変更の要求をするかどうかの判断は、一義的には決定しえない事柄であるから、租税の徴収権限を有する税務署長に一定の裁量権が与えられているものと解すべきである。

2  本件担保変更要求及び延納申請却下処分の当否

(一) 本件においては、原告らは前記第二の一の1(三)のとおり、銀座の物件について本件相続による原告らを含む相続人への所有権移転登記手続をした上で、平成三年一二月一三日、原告らの持分を本件延納申請に係る担保として提供する旨の担保提供書及び抵当権設定登記承諾書等の必要書類を提出したが、銀座の物件については、既に近藤ユキ子から右物件は同人の固有財産であって相続財産ではないことを理由として所有権確認等の訴えが提起されており、更に同人の申立てにより処分禁止の仮処分がされ、その旨の登記がされていた。そこで、被告は、銀座の物件については処分禁止の仮処分の登記がされており、前記第二の一の2(一)、(二)のとおり、延納のための担保として適当でないとして担保変更要求をしたところ、原告らが担保の変更をしなかったため、本件延納申請を却下したものである。

(二) ところで、延納税額の滞納等相続税法四〇条二項に規定する事由が生じて延納許可が取り消された場合には、右物件は処分禁止の仮登記がされたまま滞納処分の例により処分されることとなる(国税徴収法一四〇条参照)。しかし、このような物件を換価して買受人に所有権移転登記手続をしても右仮処分登記は抹消されることはなく、その後仮処分債権者が右仮処分に係る本案訴訟に勝訴した場合には、右仮処分登記に後れる登記を抹消することができ(民事保全法五八条一項、二項)、買受人への所有権移転登記が抹消されてしまうという不安定な状態となり、かかる物件について滞納処分の例により換価しようとしても、買受人が現れる可能性は事実上乏しいといわざるを得ない。したがって、処分禁止のなされた銀座の物件は、延納申請の担保としては適当でないというべきであり、被告がこのような銀座の物件についての原告らの持分を延納の担保として適当でないとして原告らに担保変更要求をした措置には特段の不合理な点はなく、違法な行為とはいいがたい。

3  原告らの主張について

原告らは、本案訴訟の結果銀座の物件が相続財産に含まれると判断されれば、被告は銀座の物件を担保として相続税額の徴収を確保することができる一方、銀座の物件が相続財産に含まれないとすればその分だけ課税価格及び相続税額が減少するのであるから、右事情を配慮して、被告は銀座の物件の価額を課税価格から控除して算定した相続税額を担保するに足りる物件を、銀座の物件に追加して担保として提供するよう要求することで十分だったのであるから、そのようにすべきだったのであり、銀座の物件に代えて、右物件が相続財産に含まれるものとして算定した相続税額を担保するに足りる担保に変更すべき旨の要求をしたことは、原告らが納付すべき相続税額を担保するには著しく過分な担保を要求するものであることが明白であり、かつ右事情の配慮を怠ったもので、原告らが右変更要求に応じなかったことを理由として本件延納申請却下処分をしたことは、延納申請の許否に関する税務署長の裁量権の範囲を逸脱し、相続税法三九条二項ただし書に違反する旨主張する。

(一) ところで、被告は、前記のとおり、銀座の物件については処分禁止の仮処分がなされ、その登記がされていたことから、換価の際に買受人が現われる可能性が事実上少ないことをもって担保として不適当と判断したものであるところ、確かに前記訴訟において仮に銀座の物件が相続財産との判断が確定し、右仮処分が取り消されれば、換価の可能性が高まり、担保としての適格性が高まるのであるが(右の場合でも、担保となっているのは持分であるから、換価が容易とはいえない面は否定できないが)、前記のように、それまでの間に換価せざるを得ない場合も(それが蓋然性があるかどうかは別にして)生じ得るのであるから、担保として適当といいがたい面があることは否定できない。

(二) 納付税額と担保の関係について

(1) 前記のとおり、担保提供のなされた時点では、原告らから銀座の物件が相続財産であることを前提とした申告がされており、延納申請書にも申告額を延納申請税額として記載されていたことから、被告は、右税額(実際には第一次更正処分の額)を基準として検討し、銀座の物件が右相続税額の延納の担保としては不適当であると判断した上、右相続税額を担保するに足りる他の物件を提供するよう担保の変更要求をしたものであると認められる。

ところで、相続税の延納申請を受理した税務署長は、当該申請に係る事項について延納の要件に該当するかどうかの審査として、相続税法三三条又は国税通則法三五条二項の規定により納付すべき申告又は更正に係る相続税額が一〇万円を超えるか否か等相続税法三八条一項の事項を調査すべきであるが(相続税法三九条二項本文)、その際に調査すべき申告又は更正に係る相続税額は、延納申請書に記載された延納の許否あるいは担保変更要求の時点における税額を基準とするのが相当であると解される。

これと同様に、提供された担保物件が相続税額を担保するために適当であるかどうかを判断し、担保の変更を要求する際には、延納申請書に記載された税額を基準として判断するのが相当であり、当該税額が将来更正処分によって減額される可能性までを調査する義務はないといわざるを得ない。

もっとも、税務署長は、申告の内容が正当でないと判断するときは、更正をすることができるのであるから、申告の当否について審査する権限と能力を有しており、当該相続税額が減額される可能性が高い場合にまで、杓子定規にそれまでの相続税額を基準に担保の適否を審査して、担保の変更を要求するのが妥当でない場合もあり得よう。しかし、それは、例外的な場合であるというべきである。

(2) 本件について検討するに、前記争いのない事実に証拠(甲第一号証、第四号証の一、二、第五号証の一、二、第六号証の一、二、第七号証の一、二、乙第一号証の一、二)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

ア 原告らは、申告の際に、銀座の物件が係争中であったことから、これを相続財産から除いて申告することも検討したが、次の点を考慮して、銀座の物件も相続財産に含めて申告した。すなわち、① 遺言公正証書が存在すること等から、勝訴の可能性が高いと考えていたこと、② 訴訟において銀座の物件が相続財産であると主張しながら、申告では相続財産でないと主張することは自己矛盾であること、③ 銀座の物件が相続財産でないとして申告した後に、訴訟において勝訴し、銀座の物件が相続財産であるとの判決がされた場合、延滞税及び過少申告加算税が課される可能性があったこと等による。その結果、原告らは、それぞれ、納付すべき税額を六五三九万九九〇〇円として申告したが、原告らはいずれも会社員であり、相続財産以外に特筆すべき固有の資産もなく、一時に金銭で納付することは困難な状況にあった。

そこで、原告らは、銀座の土地の共有持分を物納財産として、物納の申請をした。原告らは、物納申請書に、金銭で納付することが困難な事由を記載したが、銀座の物件が係争中であること等について記載したとは認めがたい。しかし、被告は、訴訟が提起されていたことは、認識していたとうかがえる。

イ しかし、被告が、物納物件が共有財産の持分であって物納物件としては適当でないと指導したことから、原告らは、平成二年一一月二〇日、物納申請を取り下げて、延納申請をした(右の経緯について、原告らは、被告が銀座の物件は物納財産としては適当でないが延納の担保としてならば問題がないから延納申請をするように指導したというが、そのようには認められない。)。原告らは、右延納申請書に、前記申告どおり延納申請税額をそれぞれ六五三九万九九〇〇円として延納申請をした。

ウ その後、平成三年一二月銀座の物件について処分禁止の仮処分がなされた後、原告らは、担保提供書及び抵当権設定承諾書を提出したが、その中においても、銀座の物件が相続財産かどうかについて係争中であること、その訴訟のいきさつ等については、特に記載していない。

エ 被告は、担保提供された銀座の物件に仮処分が付されていることから、前記のとおり担保変更の要求をしたのであるが、代替の担保としては、原告が延納申請書に記載した税額を基準としてこれを担保するに十分な物件の提供を求めたことに帰する。

そして、被告として、前記認定にかかる原告側の事情については、少なくともその詳細は知ることができなかったとうかがえる。

(3) そして、本件において被告が担保変更要求をする際に、原告らの主張するように、銀座の物件についての前記本案訴訟の結果として右物件が相続財産に含まれることとなった場合とそうでない場合とに応じて、担保を要求すべきものとした場合には、銀座の物件についての前記本案訴訟の内容を具体的に検討し、右訴訟において遺言執行者が勝訴し、あるいは裁判上の和解等が成立することによって本件遺言に従った原告らの持分の取得が図られるか否かという訴訟の帰趨について予想することが実際上必要となる。

しかしながら、本件訴訟において争点となっているような事実について当事者が争っている場合、通常は当該訴訟の帰趨は不確定的なものとならざるを得ず、しかも訴訟が裁判所において行われる手続であることからみて、行政庁たる税務署長が、相続税の課税対象となっている財産の帰属が争われている訴訟について、右訴訟の内容を具体的に検討し、当該紛争が将来どのように解決するかを予測した上で、右解決の結果、当該財産が相続財産に含まれるとされた場合とそうでない場合とを分けて延納の許否、担保変更要求の権限を行使するかどうか、追加ないし変更を要求する担保の価額、内容等について判断することは事実上困難であるといわざるを得ない。また、実際にも、前記の事実関係からすると、本件において、被告が訴訟の帰趨を見越して判断することを期待すべきであったとはいえない。

4  以上からすると、本件において、被告が原告らに対し、銀座の物件に代えて右物件が相続財産に含まれるものとして算定した相続税額を担保するに足りる担保に変更すべき旨の要求をしたことが著しく不合理であるということはできず、原告らが右変更要求に応じなかったことを理由として、被告が本件延納申請却下処分をしたことが相続税法三九条二項ただし書に違反した違法のものということはできない(原告は、被告のとった措置は形式的、硬直的であって法の趣旨に即したものでないと批判しているところ、そのような面もあるとしても、違法とすることは困難である。)。

二  争点2(租税法律関係における信義則違反)について

1 租税法規に適合する税務官庁の処分等について、法の一般原理である信義則の法理の適用により右処分を違法なものとして取り消すことができるかどうかを検討するにあたっては、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該処分を取り消して納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、右法理の適用の是非を考えるべきものであり、右特別の事情が存するかどうかの判断にあたっては、少なくとも第三の二の1(原告らの主張)(一)掲記の事項、すなわち、① 税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、② 納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、③ のちに右表示に反する処分が行われ、④ そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、⑤ 納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮が不可欠であるといわなければならない(最高裁昭和六〇年(行ツ)第一二五号・昭和六二年一〇月三〇日第三小法廷判決参照)。

2  そこで、本件においても右1の①ないし⑤の事情の有無について検討すべきところ、前記認定の事実関係によると、以下のとおり認定し判断するのが相当である。

(一) 銀座の物件については、既に平成二年六月八日付けで近藤ユキ子が所有権確認等の訴えを提起していたところ、原告らが同年八月七日付けで右物件を法定相続分に従って取得したものとして相続税申告をしたのに対し、被告は右申告を受理し、その後被告は、原告らが同年八月一〇日付けでした銀座の土地についての物納申請の受理、同年一一月二〇日付右物納申請の取下げ及び銀座の物件を担保とする本件延納申請の各受理、銀座の物件について平成三年一二月五日付処分禁止の仮処分の登記がされた後の同年一二月一三日付けでの原告らが提出した担保提供書等の必要書類の受理といった一連の手続を経て、平成四年一月二八日付けで原告らに対し、銀座の物件を相続財産に含めて算定した税額による第一次更正処分をしたものである。

被告のこれら一連の取扱いは、原告らの申告を受けてなされたものであるが、原告らの主張するとおり、銀座の物件を相続財産に含まれるものとして算定した相続税額を課税するという被告の公的見解を表示したものと認めることができる。

(二) そして、原告らの主張するとおり、原告らは被告が銀座の物件について相続財産に含めて算定した相続税を課税するとの見解に立っていることを信頼して延納許可を受けるための活動をしたものであると認められる。

(三) しかし、被告が平成四年二月二八日付けで原告らに対してした担保の変更要求は、先に認定判断したとおり、銀座の物件について処分禁止の仮処分の登記がされていて換価が困難であることから、延納の担保として不適当であることを理由としてされたものであって、相続税額に対する判断を変更したものではないから、右担保変更要求及び原告らがこれに応じなかったためにされた同年三月三一日付本件延納申請却下処分によって、原告らに銀座の物件が相続財産に含まれるものとして算定した相続税額を納付すべき義務があるというそれまでの公的見解と矛盾する処分がされたものと認めることはできない。

したがって、本件延納申請却下処分が、被告の本件相続に係る相続税額に関する前記公的見解の表示に反する処分であるということはできない。

原告らは、銀座の物件についての本案訴訟の結果、銀座の物件が相続財産に含まれれば右物件の処分によって相続税額の徴収の確保が図れる一方、右物件が相続財産に含まれなければ右物件を相続財産に含めた税額での課税処分自体が誤りとなるのであるから、銀座の物件を相続財産に含めて算定した相続税額を課税するという被告らの前記公的見解の表示と前記担保変更要求及び本件延納申請却下処分とは実際的には明らかに矛盾する旨主張する。確かに、「銀座の物件について処分禁止の仮処分の登記がされているため」という前記担保変更要求の理由は、実質的には右物件についての本案訴訟の結果、原告らに所有権が帰属しないとされることも予想されることを前提とするものではあるが、右担保変更の要求時点においても被告が銀座の物件を相続財産に含めて課税するという立場に立っていることに変わりはないから、原告らの右主張は採用できない。

第五  結論

以上によれば、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、同九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岩井俊 裁判官濱本丈夫 裁判官大西達夫)

別紙物件目録〈省略〉

別表分納税額、分納期限及び分納税額の計算の明細〈省略〉

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